2015-02-01から1ヶ月間の記事一覧

破棄した日記の断片

「波打ち際にいると、さざ波の音に打ち消されて、他には何も...自分もいないかのように感じる。」 「海に捨てた白いノートがページを広げて漂っていった。鳥みたいだった。」 「言葉は、 元々あった世界が削られるか、フィルターを通過して薄くなるか、無理…

喉の暗さ

夜空は黒でない。眼が夜になじんでくると海のほうが暗かった。うねりのある闇を内包している、と思った。だとすれば、喉は手のひらよりも闇の深浅を知っているのかもしれない。 「うん」という声音や「あなた」という言葉も、そこから生まれてきたのだ。別名…

死後の光

『地球と太陽の距離は約1.5憶キロメートルに相当し、光の速度は秒速30万キロ(厳密には29万9792.458キロ)メートルで、この光をもってしても、太陽から地球まで 届くのには約8分かかる』と雑誌で読んだ。じゃあ、この無数に瞬く星のどれかは既に死んでいて、な…

末期

「自然の美しいのは僕の末期の目に映るからであろう。」「町のことをくどくど書いてますのも、再び来れないだろうと思うからです。」と、友人らも話していたとおり、私にとっても、景色は灯火で、息を吹きかければ容易く消えてしまうのだ。

余後

「老後に一人住まいなら猫を飼ったらどう?」 「猫は死んでしまうから嫌だよ。」 「...。まあ、そうか。人は小学生ぐらいまで育てれば、自分がいなくたって自立していけるけど、家猫は世話する奴がいないと駄目だからなぁ。」 残された者たちの行末を案じた…

apoptosis

地球は個体で、ヒト(多細胞生物ではあるが)はその中の数ある細胞の一つであり、それは、胎児期に、指の間の細胞がアポトーシスせずに残ってしまったグローブのような、過剰に腫れ上がった異常な手をしている。また、ヒトは癌細胞の増え方にも似ている。 私は…

歪な生命力

垂直に伸びるはずが、群生で光を求めてか、樹木のかたちは醜くねじれながら斜めに歪んでいた。自身の重さに耐えきれず、そのうち、折れてしまいそうだった。どうしてそうまでして生に執着するのだろう、怖いな、と書いたあとに、私は道端に咲いているタンポ…

土の中は

「あの植物は何というのです?」 「ああ、アヤメだよ。確か、五月中旬から下旬にかけて紫の花が咲くんじゃなかったかな。」 と、竹箒で石畳の落ち葉を掃く手を休めて老人は答え、話しかけられる様子はないと察すると、乾いた物たちの擦れ合う音だけが庭園を…

canvas

「この窓の縁を外せば、空ごと持ち歩けそうじゃない?絵みたいにさ。」 夜が更けてから、車の後部座席で横になっていたのがあの人だったのなら冗談っぽくこう言ったのかもしれない、と青空に雲が流れてゆくのを、窓越しに見上げていた今日の何気ない光景を思…

雨の歓声、猫の安らぎ

山籠もりをする初老の男性が、「こんな雨は歓声に聞こえるんです。」と、森の中で私に話していた。(この日、朝とも昼ともつかない時間、雨が降りしきるなか、ワンルームマンションで私は眠っていた。) 中央に手すりのついた階段を、手すりを間に、青年は左、…

卓上の水

自分や他者が見聞きした話を吹聴することが会話や伝達なら、私自身は対者を相手にしていないように思える。ここには、縦も横も高さもなければ、重力もない。もしも、卓上に零れた水だとすれば、私は自由で身動きが取れず途方に暮れる、コップの中にいたいと…