2015-03-01から1ヶ月間の記事一覧

名付けえぬもの

割れた花瓶、解体された車、魚のはらわた等に私を投影してみては、まとまったものたちを複雑に思う。当然、私と同じ断片じゃないことも知っている。立体に見えるよりも平面と平面が連なって見えるほうが単純だ。けれど、点さえ砕かれて姿を保てなくなったも…

目の中とキュビズム

ふと気がつくと真っ暗な場所を漂っていた。ここは何処なのだろう、何かないだろうかと辺りを見回す。唯一、うっすらと横に並んだ二つの楕円形の光らしきものが見える。なんだか、私が井戸の底に落ちているようでもあったし、宇宙空間にぽっかりとそこだけ穴…

口の裂けた影法師

怨みごとを言いたいが必至に歯を食いしばって堪えている、とでもいうような女の押し殺した声がゆっくりと聞こえてきた。部屋の中に姿は見当たらない。一体何を喋っているのだろう、と耳をそばだてたが、聞き取りづらく、日本語でも外国の言語でもないようで…

幽体

仰向けに横たわっていると浮遊感があった。身動きしない固いワタシに、靄のような私が皮膚や骨の隅々に重複してかぶさっている感じとでも言うのだろうか。 ワタシから離れてみようと、私の上半身を起こすような動作で浮かべて左右にゆするが、身体ひとつぶん…

名前を付ける手

名を付けようとする私たちは手だから。全盲の場で「あ。」と言うと人差し指でわずかにふれ、「あなた。」と手のひらで岩の肌にさわる。 ✳︎✳︎✳︎ 古い家にいた頃、木目模様の天井にいつも蟹の絵が見えていた。蟹や今はもう忘れてしまったが他の生き物たちが天…

風化する名前

「瀞峡には岩があるでしょ、無理やり岩のかたちを亀やら犬に見立てて名前をつけてる。あほらしい。」 「それを言うなら、星座だってそうじゃない。そういうふうに見えるの、私は面白いと思う な。」 「まあ、そうか。でも、知ってる?星座は星同士の距離が変…

夜の腐食

林檎の赤さは、 刈り取られ 熟した果実を、星状の斑点を、 手に 夕焼けに重ねてみて 黒ずみ 腐る、夜 目蓋を閉じたようにここにいない、のは白さ、

在る音

「何の音?」 「下の住人が歩く音だよ。年寄りの女の人。足が悪いんだろうね、いつも杖をついてる。」 「今、この世界に初めて音があるって知ったみたいだね。部屋も近隣も静か過ぎて何も聞こえなかったでしょう?」

多角的な私の声

喋り声は異物を口に含むようで気持ち悪さを感じていた。口から発する声は誰が聞いても女のものであろう。一方、口や耳を介さずに聞こえてくる自分の心声は抑揚がなく無感情的で、どちらの性別とも受けとれる。(一体、どこで話し、どこで聞いているのだろう。…

異国情緒

家の中は大変静かなのに外では雨のざわめきが絶え間ない。また、すし詰めの満員電車から見えた人の気配がない公園のベンチなど、中と外の様子がかけ離れていると、雨は異国めいたものに感じられた。

あなたの目

月がにじんでいた。 運河沿いの街並みが水面に写っていたけれど、たゆたう水の上ではうまく像を結べずに街の景色がゆらゆらとぼやけてしまう、そういった異国の地はあなたの目のようだった。遠くがわからない、という部分を想像のものに置き換えて見つめてい…

足下の体温、猫と傷の寿命なら

十月も終わりの朝に裸足で床を歩くと死体を踏みつけているみたいだと思うことがあった。足の裏から冷えてゆき、床に体温を奪われているようだった。 ✳︎✳︎✳︎ 猫が爪をといだ傷跡のほうが長く残ってしまう、と足元に寄りそう猫と糸のように破れた白い壁紙を一…

日々のはじめまして

目をつむったまま眠りから覚めるとヒグラシの鳴き声が聞こえた。何処か知らない避暑地に足を運んだように思えた。母の実家へ寝泊まりをした際に目を覚ますと見慣れない天井が広がっていて、自分は何処に来ているのだろうと思った幼い頃の記憶に似ていた。(目…

メモ

日本語で喋っていると「君はアイルランド訛りだね」と言われる。 ✳︎✳︎✳︎ ヨットのように蝶々の羽を運ぶ蟻。 ✳︎✳︎✳︎ とある場での時の流れ方は気まぐれで、幾年もの季節が過ぎてゆく一日もあれば、22時間のような一日もある。 ✳︎✳︎✳︎ 光とまなざし。どちら…

霜焼け

雪に触れた冷たい手に、なのにどうしてこんな暖かな赤い色なのだろう、と思った。手が痛かった。

文を切り刻む

昔、メールを書く際に句点「。」や読点「、」に何故だか違和感があって使わなかった。点を打つたびに言葉の繋がりだとか、二度と来ない記憶を切り刻むようでいたたまれなかった。何かを殺している気もしている、今はそれを心地よく思う私もいる。

音の色

「ピンクノイズ」という単語が目に入ってきた。不可視の音をきめやかに色づけたような名前だと面白く思った。