2015-01-01から1年間の記事一覧

盲目の世界で

あの花はーー。 全ての言葉は盲目だから。書いても花はここでは何も見えやしない。盲人のように想像でしか。

たゆたう水

本を身体に染み込むように読めた、少なくとも今日は。また穴が。口を無くすかもしれない。乾くなら、(雨の日の)落ち葉のようにいつでも水には無防備でありたい。 ✳︎✳︎✳︎ 手のひらいっぱいに掬った水が、両手の中で震えていた。あなたの心と似ていた。

煙草をふかすあなた

シャツを波打ち、まっすぐな黒髪を揺らしていった夏風の背に、つづら折りの色と香りをつけました…思いを馳せる。 ✳︎✳︎✳︎ 祭りの終わりに飲んだラムネ瓶と灰色がかった晴空に、もう初夏なのだなと思った。

名付けえぬもの

割れた花瓶、解体された車、魚のはらわた等に私を投影してみては、まとまったものたちを複雑に思う。当然、私と同じ断片じゃないことも知っている。立体に見えるよりも平面と平面が連なって見えるほうが単純だ。けれど、点さえ砕かれて姿を保てなくなったも…

目の中とキュビズム

ふと気がつくと真っ暗な場所を漂っていた。ここは何処なのだろう、何かないだろうかと辺りを見回す。唯一、うっすらと横に並んだ二つの楕円形の光らしきものが見える。なんだか、私が井戸の底に落ちているようでもあったし、宇宙空間にぽっかりとそこだけ穴…

口の裂けた影法師

怨みごとを言いたいが必至に歯を食いしばって堪えている、とでもいうような女の押し殺した声がゆっくりと聞こえてきた。部屋の中に姿は見当たらない。一体何を喋っているのだろう、と耳をそばだてたが、聞き取りづらく、日本語でも外国の言語でもないようで…

幽体

仰向けに横たわっていると浮遊感があった。身動きしない固いワタシに、靄のような私が皮膚や骨の隅々に重複してかぶさっている感じとでも言うのだろうか。 ワタシから離れてみようと、私の上半身を起こすような動作で浮かべて左右にゆするが、身体ひとつぶん…

名前を付ける手

名を付けようとする私たちは手だから。全盲の場で「あ。」と言うと人差し指でわずかにふれ、「あなた。」と手のひらで岩の肌にさわる。 ✳︎✳︎✳︎ 古い家にいた頃、木目模様の天井にいつも蟹の絵が見えていた。蟹や今はもう忘れてしまったが他の生き物たちが天…

風化する名前

「瀞峡には岩があるでしょ、無理やり岩のかたちを亀やら犬に見立てて名前をつけてる。あほらしい。」 「それを言うなら、星座だってそうじゃない。そういうふうに見えるの、私は面白いと思う な。」 「まあ、そうか。でも、知ってる?星座は星同士の距離が変…

夜の腐食

林檎の赤さは、 刈り取られ 熟した果実を、星状の斑点を、 手に 夕焼けに重ねてみて 黒ずみ 腐る、夜 目蓋を閉じたようにここにいない、のは白さ、

在る音

「何の音?」 「下の住人が歩く音だよ。年寄りの女の人。足が悪いんだろうね、いつも杖をついてる。」 「今、この世界に初めて音があるって知ったみたいだね。部屋も近隣も静か過ぎて何も聞こえなかったでしょう?」

多角的な私の声

喋り声は異物を口に含むようで気持ち悪さを感じていた。口から発する声は誰が聞いても女のものであろう。一方、口や耳を介さずに聞こえてくる自分の心声は抑揚がなく無感情的で、どちらの性別とも受けとれる。(一体、どこで話し、どこで聞いているのだろう。…

異国情緒

家の中は大変静かなのに外では雨のざわめきが絶え間ない。また、すし詰めの満員電車から見えた人の気配がない公園のベンチなど、中と外の様子がかけ離れていると、雨は異国めいたものに感じられた。

あなたの目

月がにじんでいた。 運河沿いの街並みが水面に写っていたけれど、たゆたう水の上ではうまく像を結べずに街の景色がゆらゆらとぼやけてしまう、そういった異国の地はあなたの目のようだった。遠くがわからない、という部分を想像のものに置き換えて見つめてい…

足下の体温、猫と傷の寿命なら

十月も終わりの朝に裸足で床を歩くと死体を踏みつけているみたいだと思うことがあった。足の裏から冷えてゆき、床に体温を奪われているようだった。 ✳︎✳︎✳︎ 猫が爪をといだ傷跡のほうが長く残ってしまう、と足元に寄りそう猫と糸のように破れた白い壁紙を一…

日々のはじめまして

目をつむったまま眠りから覚めるとヒグラシの鳴き声が聞こえた。何処か知らない避暑地に足を運んだように思えた。母の実家へ寝泊まりをした際に目を覚ますと見慣れない天井が広がっていて、自分は何処に来ているのだろうと思った幼い頃の記憶に似ていた。(目…

メモ

日本語で喋っていると「君はアイルランド訛りだね」と言われる。 ✳︎✳︎✳︎ ヨットのように蝶々の羽を運ぶ蟻。 ✳︎✳︎✳︎ とある場での時の流れ方は気まぐれで、幾年もの季節が過ぎてゆく一日もあれば、22時間のような一日もある。 ✳︎✳︎✳︎ 光とまなざし。どちら…

霜焼け

雪に触れた冷たい手に、なのにどうしてこんな暖かな赤い色なのだろう、と思った。手が痛かった。

文を切り刻む

昔、メールを書く際に句点「。」や読点「、」に何故だか違和感があって使わなかった。点を打つたびに言葉の繋がりだとか、二度と来ない記憶を切り刻むようでいたたまれなかった。何かを殺している気もしている、今はそれを心地よく思う私もいる。

音の色

「ピンクノイズ」という単語が目に入ってきた。不可視の音をきめやかに色づけたような名前だと面白く思った。

破棄した日記の断片

「波打ち際にいると、さざ波の音に打ち消されて、他には何も...自分もいないかのように感じる。」 「海に捨てた白いノートがページを広げて漂っていった。鳥みたいだった。」 「言葉は、 元々あった世界が削られるか、フィルターを通過して薄くなるか、無理…

喉の暗さ

夜空は黒でない。眼が夜になじんでくると海のほうが暗かった。うねりのある闇を内包している、と思った。だとすれば、喉は手のひらよりも闇の深浅を知っているのかもしれない。 「うん」という声音や「あなた」という言葉も、そこから生まれてきたのだ。別名…

死後の光

『地球と太陽の距離は約1.5憶キロメートルに相当し、光の速度は秒速30万キロ(厳密には29万9792.458キロ)メートルで、この光をもってしても、太陽から地球まで 届くのには約8分かかる』と雑誌で読んだ。じゃあ、この無数に瞬く星のどれかは既に死んでいて、な…

末期

「自然の美しいのは僕の末期の目に映るからであろう。」「町のことをくどくど書いてますのも、再び来れないだろうと思うからです。」と、友人らも話していたとおり、私にとっても、景色は灯火で、息を吹きかければ容易く消えてしまうのだ。

余後

「老後に一人住まいなら猫を飼ったらどう?」 「猫は死んでしまうから嫌だよ。」 「...。まあ、そうか。人は小学生ぐらいまで育てれば、自分がいなくたって自立していけるけど、家猫は世話する奴がいないと駄目だからなぁ。」 残された者たちの行末を案じた…

apoptosis

地球は個体で、ヒト(多細胞生物ではあるが)はその中の数ある細胞の一つであり、それは、胎児期に、指の間の細胞がアポトーシスせずに残ってしまったグローブのような、過剰に腫れ上がった異常な手をしている。また、ヒトは癌細胞の増え方にも似ている。 私は…

歪な生命力

垂直に伸びるはずが、群生で光を求めてか、樹木のかたちは醜くねじれながら斜めに歪んでいた。自身の重さに耐えきれず、そのうち、折れてしまいそうだった。どうしてそうまでして生に執着するのだろう、怖いな、と書いたあとに、私は道端に咲いているタンポ…

土の中は

「あの植物は何というのです?」 「ああ、アヤメだよ。確か、五月中旬から下旬にかけて紫の花が咲くんじゃなかったかな。」 と、竹箒で石畳の落ち葉を掃く手を休めて老人は答え、話しかけられる様子はないと察すると、乾いた物たちの擦れ合う音だけが庭園を…

canvas

「この窓の縁を外せば、空ごと持ち歩けそうじゃない?絵みたいにさ。」 夜が更けてから、車の後部座席で横になっていたのがあの人だったのなら冗談っぽくこう言ったのかもしれない、と青空に雲が流れてゆくのを、窓越しに見上げていた今日の何気ない光景を思…

雨の歓声、猫の安らぎ

山籠もりをする初老の男性が、「こんな雨は歓声に聞こえるんです。」と、森の中で私に話していた。(この日、朝とも昼ともつかない時間、雨が降りしきるなか、ワンルームマンションで私は眠っていた。) 中央に手すりのついた階段を、手すりを間に、青年は左、…