2017-01-01から1年間の記事一覧

とある散歩の風景

丸太を組み立てた塀に赤いナツヅタが巻きつき、その下では、落ち葉や排水路の溝蓋の内部からすらりと高々に顔を出したくっつき虫のコセンダングサが黄色い花を咲かせていて、 死んだ植物に他の命が絡みついたり、すぐ側で芽生える感じに、私はハッとさせられ…

黴火

三階で、黴のようないくつかの点々が一番奥の部屋の壁に付着しており、そこの壁を手でめくってみると、壁内の木板にはいっそう黴が広がっていた。どうしたらいいものかと悩み、自分の部屋へひとまず戻ったとたん急に煙が立ち込めてきて、何事だろうと廊下に…

書くことの断捨離

太陽よりも、自身の輝きではない月ぐらいの光がちょうどいいようにも思う、というニュアンスの詩を十年前に消した。書くこと自体、自分の中から捨てるようなものかもしれないが。

山伏蕎麦

こんなところにあるのだろうか、と不安になるような杉並みが囲む細い坂道を車で抜けると、やっと人の気配が感じられた。下にも山々が見渡せた。布のテントを張った四、五つの出店をひと回りしてから、熊野本宮で農をベースとして暮らし、大きな囲炉裏と大黒…

儚い足跡

昼を待たずに溶け出してしまいそうな雪の上を、じきになくなるのに人々の足跡のかたちが点々とついてゆく、といった都会の忙しない風景がなんとも儚げで好ましかった。地元に来てからはめっきり音沙汰がない、雪も人も。

透明なあなたの姿

晩ご飯を食べ終えたあと、茶色い液体がほんの少しだけ入ったウイスキーボトルや汚れた皿、空のコップといった物たちがテーブルに置かれている様子を、ひとりになっても、片付けもせずにじっと眺めていた。それらは、あなたはいた、という残り香のようだった。

離れた後

秋冬に髪を切ると「落ち葉は木の一部だと思う、それとも、葉自身だと思う」と、イチョウの並木道で聞いてきたあの人の質問とともに、美容室の床に落ちた髪の毛を見てしまう。 葉であれば、木から離されたあと、寿命が尽きてしまうのはいつだろう、とその時も…

ゆかし潟

一昨日に訪れたゆりの山温泉の近くには「ゆかし潟」と呼ばれる淡水と海水が混ざりあった湖があり、春は桜、冬場には水鳥がその景観に幻想的な美しさを与えることから、新宮市出身の作家・佐藤春夫さんが名づけたそうだ。(歌文「なかなかに名告ざるこそ床しけ…

空に落ちる

子供の頃、食パンほどの大きさがあるスタンドミラーを水平にして両手に持ち、自分の顔がわずかに入るぐらいに鏡を覗きこんで、天井を映しながら家中をうろうろと歩き回っていた。 そうすると、重力がひっくり返り、自分が逆さまになって天井を歩いているかの…

新しい光と影と

着るものに迷ってベッドに脱ぎ捨てた服や旅行鞄など、置いてあるものは何も変わっていないのに「あれ、こんな部屋だったかな?」と真夜中に帰って来て思うことがあった。 とっくに日は沈んでおり、出掛ける前にはあった窓からの採光がなかった。黒ずんでいた…

海が食べた頁

ある日の午後、白波が中身だけを噛みちぎって飲み込んだ、海が食べたような、と頁がごっそりと破れた状態で浜に打ち上げられていた装丁の分厚いノートを拾い、そう思った。中は空っぽで、蝉の抜け殻のようだった。

平安、ハンター、バハムート

御殿らしきところで、「あなたはミサトと名乗るといいわ。女の名よ。」と、平安時代の衣装を着た妾の女性が怒りながら帝に話している、という夢を数日前に見た。 ✳︎✳︎✳︎ 「ああいう獣はこっちの弾を使わなければ仕留められないんだ。あんた、最初から、あい…

私は、額から頭頂部にかけて毛を剃ったか、禿げた髪型の中年男性であった。自分で言うのもなんだが、容姿はさほどよくなかったように思う。こめかみから後頭部はきつく結っているのか、なんなのか、艶々と黒光りした毛がぴったりと纏まっている。 老若男女の…